2011年2月アーカイブ

その頃の弥太郎はまだ海運業をおのが本業とする決心がついていませんでした。


しかし、明治5年、三井・鴻池をはじめとする豪商が政府と結んでつくった半官半民の日本国郵便蒸汽船会社が発足すると、むらむらと持ち前の負けん気が頭をもたげてきました。


それに海岸線の長い日本沿岸の海上輸送がきわめて貧弱なのに目をつけた外国の商船会社が、あわよくば一手に独占してやろうというので、ぞくぞくと日本の海に乗り込んできました。


その情勢をみて大番頭の川田小一郎が進言しました。


「大将、向こうは日本政府や強国アメリカにイギリス、こちらは土佐藩の援助も表向きは受けられぬ三ツ川商会、これではとても太刀打ちできまぜんぞ」


石川七財が左腕なら、それより早くから弥太郎につき従っている川田小一郎は右腕、一の子分といってよかったのです。


その川田が、海運業界の現状を調査分析して、結論を導き出したのです。


「つまり川田、海運業はやめておけと申すのだな」


「はい、これは私だけでなく、石川も森田晋三も同意見でございます」


弥太郎は"左様か"ともいわないで、いきなり決心しました。


「よし、わしはやるぞ、いまに日本一の海運王になってみせるぞ」。


廃藩置県となれば、当然、藩主も藩政府もなくなってしまいます。


・・・ということは、藩吏としての弥太郎の身分もなくなることを意味しています。


さらに藩がなくなるのですから藩営の事業も廃止されます。


・・・となれば、わしも失業することになり、この三ツ川商会もいずれはやめなくてはならないことになる。


ではこれから何をすればよいのか・・・。


答えはひとつです。


独立して事業をはじめるしか道はありません。


独立して事業を営もうと思えば、何はなくともまず金が必要です。


大阪市西区西長堀の長堀川に架かった鰹座橋は、土佐名物鰹節にちなんだ命名で、この橋の両岸に、土佐藩の大坂藩邸がありました。


廃藩置県のため、弥太郎は、藩吏の職を失いましたが、士族の俸禄をもらっています。


それに藩札買い占めで資金もたっぷりもっていました。


そこで旧藩邸の大部分を買い取って、自己名義に改め、藩船夕顔と鶴の2隻を、いずれ藩債4万両分を弥太郎が引き受けるという条件で払い下げてもらいました。

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