当時、中国の所属とも、どの国の所有とも、もう1つはっきりしなかった台湾へ、この際兵を出そうというのです。
たまたま沖縄の漁民が、台湾で虐殺されるという事件が起こったため、それを名目として政府は出兵を決意しました。
そこで兵員と物品の輸送を、半官半民の郵便蒸汽船へ指令しました。
ところが思いがけず、頭取の岩橋万造が、
「それはお引き受けしかねます」
と首を横に振ったため、政府は困惑しました。
岩橋は、もし政府の御用を引き受けたら、現在争っている三菱汽船にシェアを占められてしまうというので、政府の御用をバネつけたのです。
そうなればほかに有力会社はないので外征の兵員輸送は、三菱が命じられるだろう・・・。
その隙に国内市場を押さえてしまおうというのが岩橋の肚の中でした。
予想どおり、困りきった政府は、岩崎を招いて、輸送を命じました。
長崎時代の知人大隈重信からこの話を聞いた岩崎は、あっさり引き受けます。
しかしその条件として船を買ってくれと申し出ました。
それはいわば人質をとって脅しているようなもので、政府としては、兵員輸送が必要でしたからこの申し出を断れなかったのです。